兼ねてから『撮られ方レッスン』というのを我がスタジオにて月に2回ほどの開催で行ってました
それは私のキャリアを皆様に還元したいとの想いでやってきました
それは私独自の観てきた世界では全ての肯定感や承認欲求に対する 処方箋が撮影や写真にあることを確信したからです
この『撮られ方レッスン』は全ての皆様に撮影やのちにはヘアメイクというのを通じて美を自身の中に落とし込み再度 写真を鏡として見直すことによって自身における可能性やどんな風に見えるかというのを私と共に発見してやりたいことと出来ることをもう一度考えてもらいたいとの一心でリーズナブルに提供して街の治療院のように思っていただきたいとの想いで発足してきました
しかしながら安上がりの撮影会や商品との撮影だったりと販促物に使用したいと思うお客様が増えた為、その本来の在るべき形で無くなってきたことが、開催をしなくなった理由でもあるのです。 純粋に自身を見直したい。新しい発見をしたいなど自己投資に思うお客様より 仕事として撮影を利用したいという方が圧倒的に増えてしまった為です
このバランスがかなり重要でして本来ならその役割は従来の通常通りの撮影で済んでいた訳ですが、『こうして撮ってほしい』『何もないところに指など刺して後に文字入れをして使いたい』などの商業的ニーズが上回り その貴重な時間をレッスン時間を削るという本末転倒な会になってしまったことです
そのようなことになるのも私の始めたルールが曖昧だった為にそうなってしまったのも理由ではあるので(レッスンを辞めることが)致し方ない決断だなと納得していましたが、昨今撮影がまた特別なもの特別なコーチングと化しているのも事実。 私は本来なら当たり前に受けれるレッスンや治療のようにしたかったので、いづれはまたこの『撮られ方レッスン』という時間や機会を増やしていきたいと考えています
この目論見が今のblogであったり、日々の活動であったりするのでまた写真って結局は自分を見つめる鏡だなと思ってもらえるようになっていったのならば再開したいといつでも思っています
これは私自身の技術の向上にも繋がるので双方に損得はない関係であるならば、良いのかなと思ってます
冒頭にも書きましたが 自撮りは左右が反転して写る鏡のようなものですのでなんだか少し違和感が生じるのもなかなか自身に落とし込めないのも無理はありませんし、左右の違いを脳内で処理できるのは 幼少の若い脳だけなのです
コレって写真写りもなんもないですよね?
左右反転は全てのバランスを揺るがすほど大きなものです
写った写真を自身の中に落とし込むのは少し曲がった世界を受け入れるという事なのです
自分のことを受け入れる前に他者にはどう写っているのか?
他者にはどんな可能性が見えているのか?をしっかりと話し合い受け入れることが何より重要なことだと思いませんか?
私はそんな存在で有りたいと強く願っています
この話
皆様の居る世界ではいかがですか?
また聞かせてください
最後までお読みいただきありがとうございました
