東京撮影会を終えて
今日、9月14日。
昨日から続いていた東京での撮影会を終え、ようやく帰りの途につきました。
今は新幹線に揺られながら、この記事を書いています。
昨日はちょうどFM愛知の出演回の放送日でもありました。
残念ながらリアルタイムでは聴くことができなかったのですが、写真生活35年を迎えた今、その時間も変わらず「撮影現場にいた」というのは、幸か不幸か、僕にとっては誉れなのかもしれません。
今も昔も、やっていることの根っこはあまり変わっていません。
カメラを抱えて場所を探り、光を見て、被写体に立っていただく。
そして、ポーズや表情をできるだけ細かく伝えながら、一枚を作っていく。
自分にとっては長年やってきた当たり前のことなのですが、皆様からいただく口コミなどを拝見していると、
「細かく指示をしてもらえることが安心につながった」
という声をいただくことがあります。
自分にとってのスタンダードが、他者にとっては特別なことになる。
長く仕事をしていると、そんなことにも改めて気づかされます。
もちろん時代は変わりました。
撮影後の修正やレタッチなど、後作業も随分と増えましたし、昔以上に細やかなやり取りを求められる時代になったとも感じています。
今回、東京で久しぶりに旧友と酒を飲みながら、そんな話もしました。
その中で出てきた言葉が、
「これからは、“気配”を残せないクリエイションは生き残れない」
というものでした。
この言葉は、かなり強く刺さりました。
昔の僕なら、それを「癖」と呼んでいたような気がします。
我流にこだわってきたぶん、たくさん人とぶつかりましたし、当然、苦労もしました。
もっと器用にやればよかったのかもしれない。
そう思った時期もあります。
それでも35年経った今、自分なりの作品力や、自分にしかない「癖」を捨てずにやってきてよかったな、と。
何でもあっけらかんと流さず、写真にしつこく向き合ってきた過去の自分に、少しだけ感謝した一日でもありました。
写真に限らず、長く何かを続けている皆様にも、きっと似たような経験があるのではないでしょうか。
「自分では当たり前だと思っていたことが、実は自分らしさだった」
そんな話があれば、またぜひ聞かせてもらいたいです。
旧友と話したことについては、まだまだ書きたいことがあります。
⭐️この話は長くなりそうなので、また改めて(^^)
最後までお読みくださり、ありがとうございました♪

